【土方巽シリーズ①】土方巽の舞踏創造の世界を探る – 慶應アートセンター訪問記と振付手法の解明①
はじめに
日本の前衛舞踊「舞踏」の創始者として知られる土方巽(ひじかた・たつみ、1928年生まれ)。彼の貴重なアーカイブが保管されている慶應義塾大学アートセンターを訪問し、研究員の石本さんにお話を伺う機会を得ました。90分に及ぶ代表作「疱瘡譚」の映像鑑賞と共に、舞踏という独自の表現形式がどのように生まれたのか、その振付手法の核心に迫ります。
1. 慶應義塾大学アートセンター訪問記
アーカイブとの出会い
慶應義塾大学アートセンターは、予約すれば誰でも見学可能な貴重な文化資源です。温度・湿度管理された保存室で、青い手袋を着用しながら実物の資料に触れる体験は圧巻でした。
見学できた貴重な資料:
- 横尾忠則デザインの「土方巽と日本人 – 肉体の反乱」のオリジナルポスター
- 土方巽が実際に着用した衣装
- 創作過程を記録したスクラップブック
- 舞踏譜(ノーテーション)の実物
研究員との対話
石本研究員との一対一の対話を通じて、単なる見学を超えた深い理解を得ることができました。疑問や感想を丁寧に受け止めてくれる専門家の存在は、アーカイブの価値を何倍にも高めています。
2. 土方巽という人物 – 社会的弱者への眼差し
秋田から東京へ
土方巽は秋田県の田舎に生まれ、コネクションもないまま上京しました。空き缶拾いなどで生計を立てながら、芸術大学の仲間たちとのネットワークを築いていきます。
重要な協力者たち:
- 横尾忠則(グラフィックデザイナー)
- 中村氏(美術関係者)
- 大野一雄・慶人父子(舞踏家)
- 若狭利氏(舞踏家)
「社会的弱者」というテーマ
田舎出身者としてのコンプレックス、都市部での不安定な生活体験が、土方の創作の根底にある「社会的弱者」への共感として結実しました。この視点は、後の舞踏作品全体を貫く重要なテーマとなります。
3. 代表作「疱瘡譚」(1960年代)の分析
エンターテインメントとしての完成度
93分の完全版映像を鑑賞して最も印象的だったのは、その高いエンターテインメント性でした。一見難解に思える舞踏が、実は非常に計算された構成を持っていることが分かります。
構成の特徴:
- 3分単位の小構成 → 観客の集中力を考慮
- 10分単位の中構成 → 飽きのこないリズム感
- 50分で大きな転換点 → 最後まで見続けたくなる仕掛け
歌舞伎的な要素
足の動きや身体表現に歌舞伎の影響を感じさせる部分が多々見られました。ただし、土方本人は東北出身で歌舞伎に直接触れた経験は少ないとされており、むしろ日本の伝統的な身体感覚が自然に現れたものと考えられます。
4. 舞踏の振付手法 – 「舞踏譜」の世界
音楽を使わない創作法
舞踏の最も特徴的な創作手法は、従来の音楽に合わせた振付ではなく、**オノマトペ(擬音語)**を用いることです。
具体例:
- 「さわさわさわさわ」
- 「しゅんとん」
- 呼吸に基づく自然なリズム
西洋的カウントからの脱却
「1、2、3、4」といった機械的なカウントではなく、日本古来の「間」の概念を重視した表現方法を確立しました。これは以下のような日本文化の特性と合致します:
- 発語による表現の重視
- 「よーい、ポン」的な自然なタイミング
- 呼吸と一体化したリズム感
スクラップブックと舞踏譜
創作過程では、様々な資料や写真を集めたスクラップブックが重要な役割を果たしました。これらの視覚的素材と、オノマトペによる音響的素材が組み合わされることで、独特の「舞踏譜」が完成します。
5. 土方巽の二面性 – 舞踏家と振付家
エンターテイナーとしての才能
土方巽の成功の要因の一つは、純粋な表現活動と並行してキャバレーエンターテインメントに従事していたことです。この経験が以下をもたらしました:
- 観客を楽しませる構成力
- 「間」の絶妙な使い方
- 商業的な成功への理解
振付家としての卓越性
「肉体の反乱」の成功後、多くの若者が集まりましたが、彼らはダンス未経験者でした。この事実は重要な示唆を与えます:
- 既存のダンス技術にとらわれない表現の追求
- 一から身体表現を創造する振付能力
- 多様な表現者をまとめ上げる統率力
6. 現代への示唆
創作者への教訓
土方巽の手法から学べることは多岐にわたります:
- 表現と生計のバランス – 純粋な芸術活動と商業的成功の両立
- 日本的身体感覚の再発見 – 西洋化された表現からの脱却
- 未経験者の可能性 – 既存の枠にとらわれない創作の力
- 社会的視点の重要性 – 個人的体験を普遍的テーマに昇華
アクセスの重要性
慶應アートセンターのような施設が一般公開されていることの意義は計り知れません。創作に関心のある人、特に伝統的でない表現形式を探求している人にとって、貴重な学びの場となっています。
おわりに
土方巽の舞踏は、単なる前衛芸術ではなく、日本の身体文化と現代表現の接点を示した画期的な創作でした。オノマトペによる振付手法、社会的弱者への共感、そして高いエンターテインメント性の融合。これらの要素は、現代の創作者にとっても多くの示唆を与える普遍的な価値を持っています。
舞踏という表現形式を通じて、私たちは日本文化の深層にある身体感覚と、それを現代に活かす可能性について改めて考えることができるのです。
この記事は慶應義塾大学アートセンターでの体験と、石本研究員との対話に基づいて作成されました。舞踏や創作活動に興味のある方は、ぜひ実際に足を運んで、土方巽の世界を体感してください。

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